自分らしさを盛り込んだリノベーション物件、オリジナリティが感じられる部屋など、こだわりの住まいに暮らす人々にインタビューする企画「わがままな住まい」。その人のライフスタイルとともに、家づくりから住まいに対する価値観まで伺います。
今回お話を伺ったのは、一級建築士の加藤渓一さん。○LDKにとらわれずに大改造したオープンフロアは、夫婦二人暮らしの快適性と遊び心をちりばめた、アイディアあふれるDIY空間です。
家づくりを“実験”する場所として中古マンションを購入
加藤渓一さんは、設計から施工まで手がける「HandiHouse project」のメンバーの一人。施主と一緒にDIYで家づくり、場づくりを進める活動が注目を集めています。そんな加藤さんが実家近くの中古マンションを購入したのは2013年のこと。広さは約70㎡の2LDK。二面採光で明るく眺望も開けており、台形という変形間取りの角部屋という点も気に入って、購入に踏み切りました。
すぐに引っ越したわけではなく、入居したのは2017年。4年の月日をかけて仕事の合間を見つけてはDIYで改造していったと言います。まずは、2部屋の間仕切り壁を取り払ってワンルームにし、床を張ることからのスタートです。
ラワン材は“実験”として、薄めた墨汁をハケで塗って拭き取り、ワックスで仕上げたという加藤さんのオリジナル塗装。色落ちすることもなく、思っていた以上の風合い、色合いが引き出せて気に入っていると言います。
段差と床材の違いでワンフロアでも空間が視覚的に分けられ、一段下がったスペースはリビングコーナーに。ソファとテレビを置いて、今では夫婦二人のくつろぎスペースになっています。しかし、実験は床だけにとどまりません。
ユニークな「見せる」「隠す」で、空間に遊び心をプラス
既存の間仕切り壁は取り壊しましたが、その代わりにLDKと寝室、玄関とLDKにオリジナルの壁を造作しています。どちらもつくりは同じで、木目が見えるように薄く塗装した板材を両面から交互に打ちつけ、間に棚板を渡してオープンラックにしています。
寝室とLDKの間のオリジナル壁は本棚になっており、本を置けば置くほど“目隠し”になる仕組みです。単なる壁ではなく、収納スペースとして機能し、厚みがあることで耐震性や強度も増すという優れた構造で、「間仕切り壁をつくるより簡単」と加藤さんは笑います。
本棚になっている壁に連続する壁も加藤さんの自作で、凹凸になるように木板を打ちつけ、壁に表情をつけています。
配線コードをいかに隠すかが家づくりの命題になりそうですが、加藤さんは逆転の発想で“見せる”空間づくりを楽しんでいます。ダイニングテーブルの上に吊るされたコードも黄色を選び、ワンポイントとして映える演出に。これは3m60cmのロングテーブルだからこその絶妙なバランス感覚といえそうです。
職人技+DIY収納でつくり上げた“ハイブリッドキッチン”
仕事上、設計、デザインから施工までを一通りこなす加藤さんですが、この住まいの全てを自分で作った訳ではありません。
既存のキッチンを取り払って、同じ場所に約1.5倍に拡張してつくったキッチンの天板は、職人技が光るステンレス仕上げ。ワークトップとシンクに継ぎ目のないシームレスな造りは、加藤さんが惚れ込んだ出来栄えです。キッチンのベースはプロに頼み、そこに加藤さんが棚を加えて、収納力と使い勝手をアップさせた、まさに職人技とDIYのハイブリッドキッチンになっています。
キッチン奥のグレーの壁も左官職人さんオリジナル。どのような仕上げにするのか、いくつもサンプルを作ってもらい、話し合いながら決定。また、MDFの棚を支えているH鋼も鉄職人さんに相談し、1週間ほど外部に置き、錆びさせて素材感を出しています。そこに鉄で作ってもらい、家を守ってくれるヤモリのオブジェをつけてで遊び心をプラス。オープン棚は、ダイニングテーブルと素材を合わせてMDFにし、使いながら、暮らしながら少しずつ造作しています。ワークトップ左下の引き出しは、結婚して二人暮らしになった頃に古道具屋で購入。ビス留めして固定しており、中にはカトラリーなどの細々としたものを収納しています。
明確に区切らないことで場所にも気持ちにも“ゆとり”が生まれる
加藤さんは居住スペースだけではなく、トイレや洗面室、浴室も手を加えています。浴室のドアを取り払って、トイレ、洗面室、浴室を一体化して広くし、バランス釜だった浴室をハーフユニットバスに一新。浴室の壁と天井は加藤さん自らが貼った力作です。
洗面室・トイレの床はモルタルで仕上げ。壁は加藤さんが、素材感が好きというMDFを採用。ダイニングテーブルの天板やキッチンの棚板など積極的にMDFを取り入れてナチュラルな雰囲気に仕上げています。
ダイニングテーブルだけではなく、リビングに、ちゃぶ台を出してベランダ近くだったり、天気のいい日にはベランダで食事をすることも少なくないそうです。何をする場所かを明確に決めないことで、空間に自由度が生まれ、暮らし方やその時の気分でどう過ごしてもいい。そんな柔軟性が空間にも、住む人の気持ちにも“ゆとり”を与えているようです。
未完成のままが楽しいDIYの家づくり
この住まいで暮らして約3年が経ち、家づくりもほぼ完成のように見えますが、加藤さんは笑いながら首をよこに振ります。
今年4月にはリビングのデッドスペースに目をつけて、奥様のリクエストに応えた鏡台が完成しました。
鏡の裏は収納スペースになっており、コンパクト設計ながら実に機能的で、主張しすぎることなく空間にすっと溶け込むたたずまいに、加藤さんのセンスが光ります。結婚記念日の贈り物であり、ラワン材を二人で塗装した思い出のある傑作です。
DIYする時に、どう使って、どう過ごすかを全部想定して始めるのではなく、使いながら、暮らしながら変えていく加藤さん。木材の月日を重ねることでしか出せない風合いを楽しみ、「面白さ」や「豊かさ」を積極的に生活の中に取り入れていく姿勢が、そのままストレートに反映されたのびのびした住まいでした。
■プロフィール
加藤渓一さん
一級建築士
住まいのタイプ:マンション/築46年/約70m2/1R
夫婦2人暮らし
東京都八王子市
HP: https://handihouse.jp
1983年生まれ。2008年武蔵工業大学(現:東京都市大学)大学院修士課程修了後、「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」に所属。2010年「studioPEACEsign」を設立し、翌年「HandiHouse project」(2018年に法人化)が始動して、「妄想から打ち上げまで」をテーマに施主と一緒にDIYで家づくりをするプロ集団の一員として活動する。2014に「これからの建築士賞」を受賞。