自分らしさを盛り込んだリノベーション物件、オリジナリティが感じられる部屋など、こだわりの住まいに暮らす人々にインタビューする企画「わがままな住まい」。その人のライフスタイルとともに、家づくりから住まいに対する価値観まで伺います。
今回お話を伺ったのは、川沿いの5階建てのビル1棟を自宅兼事務所にして暮らしている七島幸之さんと佐野友美さんご夫妻。1・2階を事務所、3階以上をプライベート空間に振り分けたフロア演出にセンスが光ります。
賃貸物件をリノベーションして快適空間を実現
七島幸之さんと佐野友美さんはともに一級建築士。アトリエハコ建築設計事務所を立ち上げて今年で15年目を迎えます。そんなお二人が自宅兼事務所として借りているのが、川沿いに建つ5階建て鉄骨造の小さなビル。
以前も自宅兼事務所というスタイルでメゾネットタイプの住戸の建物に暮らしていたそうですが、下の階がプライベート空間、上の階が事務所スペースという間取りで、仕事で来客がある度にプライベート空間が丸見えになることに少しずつストレスを感じるようになっていたと言います。
そんな時に出会ったのがこのビル。もともと舟宿で、お二人が入居する前は工務店が使っており、すでに1、2階が事務所スペース、3階以上がプライベート空間として使えそうな間取りに改装されていました。さらに賃貸物件ながら、耐久性に支障がなければリノベーションOK。それも原状回復義務なしという好条件が重なりました。
四季の移ろいをダイレクトに感じられる3階LDK
お二人がリノベーションで最も力を入れたのがLDKにした3階で、約10畳のワンフロアをフルに活用するべく、階段スペースにあった間仕切り壁やドア、既存のキッチンを撤去。新たに設置したオリジナルキッチンは、レイアウトやサイズなどに時間をかけて決めていったそうです。
キッチンは奥行き90cm、長さ226cmでダイニングカウンターとしても使えるサイズに設計。キッチンを配置替えするには配水管を床に通す必要があり、床が一段高くなってしまうのですが、天井材をはがして高さを確保。キッチンスペースを除いてリビングダイニングの床だけ高くすることで、キッチンに立つ人とリビングダイニングの椅子に座っている人の目線がそろうようにしています。マイナス要素をプラスに変換した、まさにプロ目線の工夫です。
しかし、プロならではのリノベーションだけではありません。真似したくなるプチリノベーションも満載。キッチン収納を見ても、IKEAや無印良品などの市販の収納家具をセンス良く組み合わせています。キャスターを付けたり自分好みの色にペイントするなどして手を加え、限られたスペースをフル活用しつつ、色のトーンを統一してスッキリと見せています。
キッチン奥の壁面収納もCDの高さに合わせてシナ合板を取り付け、棚の上下を黒くペイント。色の効果で、旅先で少しずつ買い集めたというカップが引き立ち、キッチンまわりは老舗のダイニングバーのような雰囲気です。
シンクとコンロを並行に並べず、あえてL字に設置したことで一人でも複数でも調理しやすく、シンク横の作業スペースも広くとれて料理がはかどるという佐野さん。使い込むほどに味わいの増すハーマンのビルトインコンロ「プラス・ドゥ」もお気に入りのひとつです。
スタイルにこだわらずに自分たちの「好き」で演出
キッチンの奥行きをもう10cm延ばした方が食事しやすかったと苦笑するお二人ですが、それを補うスペースとして加えたのがアトリエヨクトに特注した直径120cmの「UMA-table」と、宮崎椅子製作所のイノダ+スバイエデザインの「DC09」のダイニングチェアです。どちらもシンプルなデザインですが、椅子はお二人の身長に合わせて脚の長さをカットするなど、自分たち仕様に微調整されているのがポイントです。
照明も窓からの景色や室内の広がりを損ねないペンダントライトを厳選し、行き着いたのがイタリアの家具ブランド、カルテルの「ビッグフライ」。しゃぼん玉を思わせる透明感で、サイズ感はあるものの主張しすぎることなく空間に溶け込んでいます。
しかし、デザイナーズ家具や雑貨でコーディネートするのではなく、お祖父様から貰い受けた食器棚あり、スリランカで買ってきたターコイズブルーの花瓶やKINTO(キントー)のフラワーベースあり、愛らしい動物のオブジェありと、テイストやスタイルの縛りはありません。お互いの好みを尊重しつつ、“好きなもの”を空間に取り入れて楽しんでいるのが印象的です。
また、窓からの景色を楽しみながら入浴したいと、浴室を寝室のある4階に増設していますが、そのためにフロアの天井から床を貫く配管があり、それを施工現場でよく使われるボイド管(段ボールの筒)でカバー。“ダンボールっぽさ”を感じさせないように白く塗装しただけという、ローコストに見えないアレンジ術には目を見張ります。
和室を収納力と遊び心あふれる寝室にアレンジ
開放的な3階LDKから4階の主寝室に上がると雰囲気が一転。屋根裏部屋のような“お篭り感”のある落ち着いた雰囲気が広がります。
布団下が収納スペースになるように、ベッド風に床を上げ、布団のサイズに合わせてOSB合板で間仕切り壁をつくり、ウォークインクローゼットを確保。浴室との間仕切り壁もOSB合板で統一して、壁材で表情ある空間に仕上げています。
さらに、ドラム式洗濯機が収まっている造作の洗面台は、タイルを自分たちで貼った力作で、サニタリーグッズも生活感が出ないものをセレクトして、さわやかにディスプレイ。
住みながらカスタマイズしていくのが楽しい
各フロアそれぞれに大きな窓があって開放的ですが、その最たるものが5階にある約6畳のテラス。桜並木を独り占めしているような景色と、頭上に大空が広がる爽快感は格別です。春や秋など寒すぎず暑すぎずの季節にはバーベキューをすることもあるそうで、人目も気にせずのんびりと過ごせます。
コンセプトやテーマありきで空間をつくらず、実際のサイズやビルの構造、間取りを考慮して、必要なモノや好きなモノをバランスよく取り入れていった七島さんと佐野さん。階段の上り下りも気分の切り替えに役立っているそうで、難点といえば冬は1階が床冷えすることぐらいと言って笑います。
家づくりの相談で訪れる人には、プライベート空間を案内することもあるそうですが、狭さや予算を理由に諦めかけていた人でも、お二人の暮らしに影響を受けて前向きに考え直すことがあるというのも納得です。
背伸びも妥協もしない等身大の空間演出と自然体の人柄が、訪れる人にも居心地の良さを与えてくれる。そんな川の流れのようにゆったりと時が流れる穏やかな空間でした。
■プロフィール
七島幸之さん、佐野友美さん
ともに一級建築士
住まいのタイプ:ビル一棟/築45年/約80㎡/2LDK+2フロア(事務所スペース)
2人暮らし
東京都江東区
HP: https://www.hako-arch.com
七島さんは1970年、佐野さんは1975年生まれ。古市徹雄都市建築研究所に在籍中に出会い、2006年に独立。アトリエハコ建築設計事務所を二人で開設する。首都圏を中心に一戸建てやマンション、都市計画や家具、造園、既存建築物のリノベーションなどの企画、設計、工事監理を幅広く手掛けている。
取材・文:浜堀 晴子/写真:加藤 史人