ライフスタイル

築47年の一軒家をリノベーション。“完成形”を目指さずに、暮らしやすさを求めて|わがままな住まいvol.1

目次

自分らしさを盛り込んだリノベーション物件、オリジナリティが感じられる部屋など、こだわりの住まいに暮らす人々にインタビューする企画「わがままな住まい」。その人のライフスタイルとともに、家づくりから住まいに対する価値観まで伺います。

今回お話を伺ったのは、料理家の柚木さとみさん。中古の一軒家を購入してフルリノベーションし、ご主人、2匹の猫たちと暮らす、すてきな住まいを拝見しました。

1.「暮らしやすさ」を第一に考えた家づくり

東京都・杉並区の閑静な住宅街に佇む一軒家。ツタのようなアイアンの意匠がかわいい玄関ドアを開け、「どうぞー」と笑顔で迎えてくれた柚木さとみさん。メディアや企業に向けたレシピ提案、撮影料理のスタイリング、料理教室の主宰と、忙しい毎日を送っている人気の料理家さんです。一体化したリビングとキッチン
柚木さんがこの家に暮らし始めたのは、今から約3年前。結婚をきっかけに、築47年になる2階建ての一軒家を購入。玄関のドアと古き良きガラスブロックの窓、天井の梁、柱などの一部を残しスケルトンにして、フルリノベーションしたのだそうです。

もともと木や鉄など、経年によって美しくなるもの、傷が味わいになるものが好き。住まいも同じで、古い物件に惹かれます

実は、柚木さんの住まいづくりは今回で2度目。自宅から自転車で15分のところにある、柚木さんのアトリエ「さときっちん」も、8年前に柚木さんが友人たちとセルフリノベーションした平屋の賃貸物件で、築年数は当時で55年を越えていたとか。結婚するまではアトリエ兼住居として、一角に居住スペースを設けていました。お気に入りのタイルガラスとお花

アトリエは、キッチンスタジオを作ることが目的だったので、「仕事しやすい家」を第一に考えて作りました。だから、キッチンを一番広く作り、居住スペースはわずかでした。お風呂もシャワーのみ(笑)。古い物件なので、夏は暑くて冬は寒いという欠点もありました。住んでいる間は不便を感じなかったけれど、新しく家を構えようと考えたとき、今度は「暮らしやすい家」「ゆっくりできる家」にしようと思いましたキッチンから見たリビング全体

ゆとりのある寝室に、ゆったりとしたバスタブを備えた浴室、冬でも温かな空間――。そんな柚木さんの要望を一緒に形にしたのが、高校時代の同級生でもある建築家・近藤大志さんでした。そうして、1階にはキッチンとリビングダイニング、トイレ、2階には寝室と浴室、洗面所、リビング(柚木さんは「第2リビング」と呼んでいます)という造りの、日当たりのいい家が完成したのです。

2.お気に入りは、キッチンと階段

試作をしたり、レシピ原稿を書いたり、愛猫・くうちゃん、ねるちゃんと遊んだり……。家では、1階のキッチンやリビングダイニングで過ごすことが多いという柚木さん。日当たりがよく、庭に面した窓から心地よい風が入ります。仕事柄、やはりキッチンには特に力を入れたようです。対面式アイランドキッチン
正面はグリーンのタイルが天井から床まで貼られ、窓側は白い壁との一体感が出るように白のタイルをセレクト。リビングダイニングとの境には、調理道具などを収納できる作業台が置かれています。こちらは、インドネシアの廃材を使った家具をデザイン・販売する「gleam」にオーダーしたもの。家具や建具は多くが「gleam」のもので、オーナーの高谷弘志さんも高校の同級生というから驚きです。

アトリエは対面式のアイランドキッチンなのですが、自宅は壁付けにしました。壁付けのほうが掃除しやすいのもありますし、自宅はあくまで「暮らす場所」なので、キッチン以外の空間も広くとりたかったというのもあります

オーダーメイドの作業台にはお気に入りの食器が

作業台は舟の廃材で作られたもので、自分でサイズを出してオーダーしました。扉や背板をすべてにつけるのではなく、抜けのあるデザインにしたのは高谷くんのアイデア。ボリュームのある作業台なので木の面積が減り、圧迫感がなくなったのはよかったですね

キッチンと並び、柚木さんがお気に入りのスペースとして挙げたのが階段です。階段室は作らずにリビングダイニングと一体になった造りで、2階の大きな窓からは階下までたっぷり陽光が差し込みます。この窓は、くうちゃん、ねるちゃんのお気に入りの場所。体が大きくなって細い窓枠の往来が大変になった2匹のため、1枚分の板を足し、広くしたのだとか。このエピソードひとつとっても、柚木さんのくうちゃん、ねるちゃんへの深い愛情が感じられます。
お気に入りの開放感ある階段

階段を上がると左手に第2リビングがあるのですが、階段側の壁をなくそうというのは、近藤くんからの提案でした。結果、第2リビングは家の中でいちばん天井が高いこともあり、開放的な空間になりました。2階にいながら、1階の様子がわかるのもいいですね

階段の側面に使われているのは、「gleam」のパレット材。同じ材が、玄関の靴箱や作業台下のゴミ箱ケース、パントリーの収納棚など、あちこちに使われていました。家のトーンが統一して見えるのは、こういった遊び心ある工夫がなされているからかもしれません。
階段をあがると現れる第2リビング

3.リノベーションだからこその、苦労した点

家を購入してから実際に暮らし始めるまで、実に1年8ヶ月かかったという柚木さん。それは、中古物件のリノベーションならではの理由にあるようです。

私の要望が多い分、プランニングに時間がかかったのもありますが、耐震基準のクリアを目指すなど、やらなければいけないことがたくさんありました。古い物件は好きですが、そういった大変さはありますね

また、リノベーションの場合、どうしても妥協点が出てきてしまうとも言います。例えば、柱。「この柱はなくしたい」と思っても、耐震性を維持するために抜けなかったものも。他にも窓の位置など、やはり耐震を考えると、どこでも自由につけられるわけではなかったそうです。
リビングから見たキッチン全体の様子食材や調味料をストックするため、「どうしても欲しかった」というパントリーにもハプニングが。工事中、柚木さんの希望で、パントリーの入り口を予定よりも広くしたいと思い直し、大胆にも入り口の一角を大工さんに切ってもらったそうです。けれど、実際に切ってみるとイメージと違い、リビングからパントリーの中が丸見えに……。引っ越し後、切った部分を埋めるように収納棚を設けることで、カバーしたと言います。

パントリーは、結果的に収納棚ができてよかったですけどね(笑)。注文住宅と違い、リノベーションはもともと形のある家を生かして作るもの。100%理想の空間にするのは難しいので、多少の妥協は必要なのかもしれません

4.暮らす前から“完成形”を目指さない

一つひとつのスペースから家具、建具まで、たくさんのこだわりが詰まった柚木さん邸。いちばんこだわったところは、どこなのでしょうか。

わが家の場合、工務店です。近藤くんにいくつか工務店をピックアップしてもらった中で、おすすめされたのが「タマケン」さんでした。材木屋を兼ねた工務店で、「この中ではいちばん高いけれど、腕は確かだよ」と。これから一生暮らす家だし、ホームページなどで施工事例などを拝見し、とても信頼できたのでお願いしたのですが、凄腕の大工さんの技術にとても満足しています

こだわりのキッチンタイルと素朴な玄関まずは、家の基盤となる空間づくりをしっかりと。一方で、家具は空間が完成してからじっくり考えて決めたそうです。作業台はキッチンができてからサイズを出して注文し、食器棚や靴箱が入ったのも住んでしばらく経ってから。テレビ台は住み始めて2年9ヶ月経った今、ようやくオーダーしたのだと言います。

『暮らす前にすべてを整えよう、完成させよう』という考えが、まずないんです。使ってみないとわからないことって本当にたくさんあるので、少しの間は不便でも、暮らしながら「こうしたいな」「このサイズがいいな」と見極めたくて。家具は長く使うものなので、いいと思うものがなければ、2年でも3年でも平気で待てます(笑)

「gleam」オーダーメイドの食器棚ゆらぎのガラスがすてきな食器棚も、自分でサイズを出して「gleam」にオーダーしたもの。扉を何枚にするか、取っ手はどうするか、細かいところまで相談して決めたお気に入りで、完成するまで食器類は、一時的にオープンラックに収納していたとか。サイズもデザインも、理想にぴったりの家具たち。これから柚木さんと長いお付き合いになるのでしょう。

5.住まいは、暮らすうちに変化する

料理家として忙しく活躍し、プライベートでも充実した日々を送っている柚木さんですが、今は「暮らす」ことそのものが、楽しいのだと言います。

料理の仕事をしているのもありますが、私の場合は人生のほとんどが「暮らす」ことと密接です。その暮らしのベースとなる住まいは、とても大事な場所です。昨年、猫のくう・ねるを迎えたこともあるかもしれません。2匹と一緒にいる時間が楽しくて

どの空間にも光るウッド調アクセントこの家を作ったときには、想定していなかった猫との暮らし。そんな変化も、柚木さんは楽しそうに話します。

空間も家具も暮らしやすさを考えたものですが、「これで完成」ではなく、住まいは変化していくものだと思っています。この先、くう・ねるのためにキャットウォークをつけたいし、外で遊べるように、庭にウッドデッキを作るのもいいなって。暮らしやすさを求めながら、よりよい住まいを作っていきたいですね

飼い主とともに暮らしを楽しむ猫ちゃんたち暮らし方が変われば、住まいも変わる。こだわりを持ちながら柔軟に変化させていく柚木さんの姿勢も、ぜひお手本にしたいところです。

 

■プロフィール
柚木さとみさん
料理家
住まいのタイプ:戸建て/築50〜52年/96.22平米/2LDK
夫婦2人暮らし・猫2匹
東京都杉並区
Instagram:@yugisatomi
HP:https://yugisatomi.com/

カフェのプロデュースやメニュー開発、大手料理教室の講師など、食と食空間に関わる仕事を経て、料理家に。雑誌やWEBサイト、企業に向けたレシピ提案のほか、古民家をセルフリノベーションしたアトリエにて料理教室「さときっちん」を主宰するなど、幅広く活躍中。

取材・文:星野 早百合/写真:加藤 史人