「理想の暮らしは自分でつくる!」そんな熱い思いを胸に、DIYで住まいを編集していく“DIY PEOPLE”たち。
古民家、マンション、シェアハウス、賃貸など、さまざまな条件のもと自分たちらしい自由な暮らしを実践する姿をご紹介します。
訪れたのは東京八王子市の高台に立つパーソナライズDIY賃貸「アパートキタノ」。
築27年、全47戸の鉄骨造3階建ての賃貸マンションで、一部をDIY賃貸化しており、現在は15戸(2020年10月現在)。壁に棚をつけても、絵を描いても塗ってもOKで、同じ部屋とは思えないDIY空間が次々と誕生しています。
原状回復不要で、レンタル工具あり、カーシェアあり、おまけに住人コミュニティありで、程よい距離感が「安心で快適」と好評です。そんな“ワンルーム以上シェアハウス未満”のDIY生活について、入居者3人からお話を聞いてみました。
DIY工具も“絵”になる秘密基地のようなカスタマイズ空間
笑顔で迎えてくれたのは工学院大学2年生の川尻将弘さん。入居したのは今年2月半ばで、DIYできると喜び勇んで越してきました。
もともとアパートキタノの企画運営を担当している建築家の加藤渓一さん(HandiHouse project+studioPEACEsign)と懇意にしており、大学で建築を学び、数々の賞に輝く川尻さんの設計力、DIY力の高さを買われて入居をすすめられたのがきっかけ。今では加藤さんの所属するハンディハウスでインターン生として働いている“ツワモノ”です。
そんな川尻さんの18.42㎡、1Kの住まいは、まるで工房のような雰囲気。なかでも圧巻なのが、壁に整然と並べられたDIY工具の数々です。
アーティスティックな収納術は工具だけにとどまりません。本棚は正面からではなく横から本を出し入れするつくりで、棚の側面にグリーンの半円模様を施してモダンに仕上げるなど、ひと工夫あり。壁に水平に打ちつけた木板も単なるアクセントではなく、自作のスタンディングデスクの天板を支えるためのもので、限られたスペースを有効に活用するアイディアに驚かされます。
感性を刺激してくれる壁と手作りオブジェで活力充電
アパートキタノでは、入居時に壁1面と床をカスタマイズすることができ、壁はMDF、シナ合板、ラワン材、ラーチ材、OSBから選べます。しかし原状回復不要のため、すでにDIY賃貸化した一室の2人目以降の入居者は、そのまま仕上げ材を引き継ぐことになります。
しかし、イレギュラーな部屋が今年の夏に生まれました。それが今年7月下旬に越してきた西田沙妃さんのお部屋です。
川尻さんとまったく同じ間取りですが、一変してモダンなインテリア。壁は独特の風合いのヘイムスペイントで、これを自ら塗装することを条件とした入居者募集を西田さんはTwitterで見つけ、いち早く申し込んだことで住人になりました。
ヘイムスペイントの壁は、マットなのに光に反射してキラキラする素材感が気に入っていると言う西田さん。アパートキタノに来てから少しずつ仕事でもある建築設計ではなく自由につくることのできる時間に興味をもつようになったそうで、一番のお気に入りが壁にかけた手づくりのオブジェです。
アパートのストック端材を生かしたナチュラル空間
西田さん同様、アパートの“端材”を活用しているのが、最後に訪れた多摩美術大学の大学院生、野尻勇気さんのお部屋。アパートキタノに以前住んでいた先輩の紹介で、今年6月頭に入居しました。野尻さんがフル活用したのがアパートの“端材”です。
キャスター付きのブックシェルフも野尻さんの手づくりで、デッドスペースにフィットするサイズ感が絶妙です。他にもコーヒー好きが高じて床をコーヒー塗装したり、シナ合板とは反対の壁を友人2〜3人で珪藻土を塗るなど、事前確認をとったうえで踏み込んだDIYにもチャレンジしています。
大家さんや加藤さんに事前交渉して了承を得られれば、DIYできる範囲が広がる可能性がある柔軟な対応もアパートキタノならでは。DIY賃貸ではない住人への配慮にも気を配っており、理解を得られるように努めていることが、DIY賃貸の戸数の増加にもつながっているようです。
程よい距離感が心地いい住民コミュニティで情報交換
川尻さん、西田さん、野尻さんはもともと友人だったように仲がいいですが、引っ越してきたことが縁で交流が生まれたと言います。住民の交流を促すツールとしてビジネスチャットアプリ「Slack」を活用しており、敷地内にはウッドデッキを敷き詰めたコミュニティスペースもあります。気軽に声を掛け合える“場”がオンラインでもオフラインでも整っているのがアパートキタノの特徴です。
近々、西田さん主催のサンマパーティーを企画しており、Slackで告知して予定が合う人たちが集うそう。こうした参加不参加が自由な集いが、住人同士の関係性をゆるやかにつないでいます。
「デッキ横の木は桜なので、来年の春にはお花見ができたらいいですね。初めての一人暮らしがアパートキタノで良かったです。自分らしい暮らしをつくり込めるので楽しい毎日です」と野尻さん。シェアカーがあるので、車で10分のところにあるホームセンターの買い物もスムーズで、一人では作業が大変な時も、サポートを頼める“誰か”がいるのが心強いと口々に語り、うなずきます。
暮らしをつくる楽しさを知って、体験して欲しい
3人の会話に自然と溶け込んで笑顔を浮かべているのが、DIY賃貸の“仕掛け人”である加藤さん。「妄想から打ち上げまで」というコンセプトで、設計から施工まで施主を巻き込んで家づくり、場づくりを提案する「HandiHouse project」のメンバーの一人で、DIY賃貸事業としてアパートキタノの企画運営、時には入居希望者の内見の立ち合いを行うなど、プロデュース全般を一手に担当しています。
「賃貸の中でも、初めての一人暮らしをする人向けの物件は、制約や規制がいろいろあります。親元から離れて初めての暮らしが萎縮して始まるよりも、のびのびと自分らしさを発揮できる暮らし方を提案できたらと思って始めた試みです。大家さんの理解があったからこその“パーソナライズDIY賃貸”ですが、予想以上に個性的な部屋が次々誕生して、僕もワクワクしています」とうれしそうに語ります。
3人の会話にもあった端材置き場は、アパートキタノの3階の廊下の一角に設けられており、加藤さんが施工現場で出た端材を提供しています。DIY賃貸の住人にとっては“宝の山”ですが、それ以外の住人に不快感を与えないように、整理整頓の注意喚起をしています。DIY工具も自由に使えますが、別に鍵付きのスペースを設けてしっかりと管理。集合住宅のマナーを守るからこそ得られる、自由なDIYライフであることを住人一人ひとりが理解しているようです。
“ワンルーム以上シェアハウス未満”という、これまでにありそうでなかったスタイルのDIY賃貸物件。これからの賃貸物件の選択肢の一つとして定着することを期待せずにはいられない、魅力的な暮らしがここにありました。
■概要
・お名前:川尻将弘さん、西田沙妃さん、野尻勇気さん
・Instagram:m.kawajiri__、 lightsilence、yuki_njr_lab
・住まい形態:賃貸マンション
・間取り:1K
・DIYした場所:ワンルーム・キッチン収納
・かかった期間:約1週間〜半年
・かかった費用:数千円〜約10万円
(2020年10月取材時)
取材・文:浜堀晴子/写真:平野愛