なにかに夢中になっている人は魅力的です。たとえそれがいき過ぎた愛だとしても。
抑えきれない愛を詰め込んだ部屋にお邪魔して、その人のこだわりのライフスタイルを探る企画「あの人の偏愛部屋」。
第11回は、佐藤勇太郎さんの「アート愛が過ぎる部屋」です。
10畳ワンルームの部屋は、作品を生み出すための机を中央に置き、あとは画材の収納棚があるだけのシンプルな配置です。仕事のしやすさを追求した結果、大物家具を処分して最小限のものだけを置く現在の配置に至ったとのこと。
シンプルといっても味気ない雰囲気ではなく、アートを生み出す環境づくりには余念がありません。植物を飾ったり、お気に入りのアートを飾ったりと感性を刺激する部屋づくりを心がけています。また、部屋を美しく保つための画材収納にも、佐藤さんならではのこだわりが見られました。
「アートとは生きること」という信念をもつ佐藤さんに、アート愛を語っていただきました。
1. きっかけは友人の結婚式に手がけたウェルカムボード
幼少期から絵を描くのが好きだった佐藤さん。絵が得意でしたが、美大に通っていたわけではないので、仕事にすることは考えていなかったようです。友人の結婚式で使用するウェルカムボードを制作したことで、転機が訪れます。
ウェルカムボードには大きな反響がありました。友人たちの反応を見て、『あ、絵で食べていきたい…』と思ったのが、22歳のとき。大学卒業間近のことでした。そこから、就職せずに独学で絵の勉強をして、今に至ります。アート歴でいえば、12~13年になります
アートの魅力は描いた作品が誰かの活力になること
佐藤さんは、画家の仕事をしながら、中目黒でギャラリーを兼ねたカフェを経営しています。カフェをオープンする以前は、絵筆を振るう傍ら、鎌倉のイタリアンレストランで働いていたそうです。
絵は自分が美しいと感じたものを、料理なら自分がおいしいと思ったものを表現します。表現したもので誰かに喜んでいただけるという点では、料理も絵も同じではないでしょうか。僕の経歴を知らない人が、僕の作品を見て『おいしそう』と言ってくださることもあります。作品には、つくり手の生き方が表れるのかもしれません
丹精込めて仕上げた作品が、誰かの喜びや活力になるのがアートの醍醐味と語る佐藤さん。現在までに、700点もの作品を生み出してきました。そのうち、絵画作品は抽象画をメインに100点ほど。現在は5年前から始めた靴やスマホケースのデザインが作品の大部分を占めています。
佐藤さんが手がけるスニーカーやスマホケースは、すべて1点もの。お客さんと直接会話しながら、そこから得たイメージを色と形にしていきます。
日本の住宅事情では、部屋や壁の広さに余裕がなく絵を飾れる環境ではないと思っている方も少なくありません。でも僕は、絵を飾るにあたり部屋の広さは関係ないと考えています
どんな絵を、どんなサイズの作品を購入したらよいのか、作品が寄り添う生活とはどんなものなのか。絵を購入したことのない方は、そういった疑問を持つものです。飾り方がわからないというのが実情ではないでしょうか。だからこそ、まずはアートを身近に感じてほしいとの思いで、生活に取り入れやすい靴やスマホケースのデザインをしています
こちらの写真は、作品の副産物として生まれたアクセサリーです。制作の過程で出る廃材を生かしてピアスやイヤリングに仕立て上げました。
佐藤さんの絵画制作では、塗料を幾重にも塗り重ねます。制作の過程で削りだされた塗料の層を、磨き、重ね、固めることで宝石や鉱物のように輝くのだとか。どのデザインも世界に1つだけしかありません。まさにアートを身に着け、生活に溶け込ませられるアイテムです。
2. 「仕事のしやすさ」を最優先にしたアート部屋
佐藤さんの部屋は10畳のワンルームで、作業机と画材の収納スペースがあるだけのシンプルな配置です。以前は装飾品やベッドを置き、凝ったインテリアを楽しんでいたとのこと。しかし、4年前にベッドを含む大物家具を処分し、装飾品も最小限にしたそうです。
4年前、空間デザインをされている方とお話しする機会を得ました。その方は感覚を研ぎ澄ますため、1年の半分以上を家以外の場所で過ごし、寝袋生活を送っているそうです
生活感がある部屋だと、どうしても集中力が途切れやすくなります。その方のお話に刺激を受けたこともあり、仕事がしやすい環境にフォーカスした部屋づくりをしようと決めました
大きな作品に取り掛かる際には、広いスペースが必要です。大物家具を処分したことで、部屋にはビッグサイズのキャンバスも置けるようになりました。
佐藤さんにとって部屋をつくることは、絵を描くことと一緒。部屋をキャンバスに見立てて、色と形を落とし込むように、部屋づくりをしています。
部屋を1つのキャンバスとして、どこに飾ったら気持ちよく感じるか、リラックスできるかということを考えてやっています。感覚的なものなので、ロジックでは言い表せないです
壁には感性を刺激するアートを飾る
アートに関わる仕事をしている佐藤さんには、画家の友人も多くいます。創作意欲を刺激するため、そうした友人たちの作品を壁に飾っています。
部屋のアートは1ヶ月に1回のペースで入れ替えています。その都度、心のコントロールをする目的で、今の自分に一番いい影響を与えてくれる絵を選びます。今、部屋に飾っている絵は、前向きな気持ちを盛り立ててくれる作品ばかりですね
思い入れのある作品は「煩悩」をテーマに描いた無数の点
こちらは、2012年から2015年にかけて制作したという絵画です。「煩悩」にちなんで、108個の点を日々キャンバスに描き入れ続けました。無数の点からなるこちらの大作は、最も思い入れがある作品だそうです。この作品を通して、佐藤さんはさまざまな人との出会いを経験しています。
今の僕の道を切り開いてくれた作品です。この絵の華やかな色彩を見ていると、当時、出会った人の顔がいくつも浮かんできます。どうしても手放したくない作品の1つですね
思いきって購入した「女の子の絵」は、現在の自分へと導いてくれた大事な作品
部屋の壁に大切に飾られた、ひときわ美しい色彩の絵画。女の子が草原を歩いているように見えるその絵は、佐藤さんが「師匠」と慕う女性の作品です。佐藤さんは27歳くらいのときに「師匠」と知り合い、刺激を受けて、絵の世界に没頭するようになったそうです。
この絵を手に入れたのは、まだ絵でご飯を食べられるほど稼げていないときです。あの頃の自分には、高価過ぎる買い物だったかもしれません。それでも思いきって購入して、本当によかった…今、絵でご飯を食べられているのは、この絵があったからと言ってもいいでしょう
日当たりを考慮した作業机
作業机の配置に関して大事にしているのは、日当たりです。季節によっては、日の光が入ってくる位置に移動させながら制作を進めることもあります
植物があればきちんとした生活ができる
佐藤さんは、部屋に植物を欠かしません。
朝起きて、植物に水をあげるのが日課です。植物を管理できるということは、自分の生活がきちんとできていることの証明になる気がするんです
作品づくりにはスプレーを使うこともあるため、植物を育てるには向いていない環境かもしれない……と苦笑しつつも、創作活動には欠かせない存在なので、気をつけながら育てていると話してくれました。
画材をしまう収納棚
画材はすべて、取り出しやすく、しまいやすいことをモットーに収納しているそうです。頻繁に使用する絵の具は、箱やかごにまとめて取り出しやすいよう工夫しています。
チューブ入りの小さな絵の具は、色別に分けるスタイルです。何色がどこにあるかが一目で分かるので、使った後もしまいやすい収納です。
乱雑に見えないポイントは、同じものを1ヶ所にまとめることです。例えば、スプレー缶はラックにまとめて置くことにしています
「僕は几帳面なほうかもしれません……」と自己分析する佐藤さん。制作中に使用した画材は、使うたびに必ず元の場所に戻すそうです。また制作前には、床や壁に絵の具が飛び散らないよう、養生を欠かさないといいます。
前日の気持ちを引きずったまま作業に入るのは嫌なので、部屋はなるべくきれいな状態にしておきたいです。余計な手間を省きたいから、ものを戻しやすい場所に配置しています
絵筆は、種類ごとに分けて収納しています。これも、取り出しやすく戻しやすい収納の1つですね
知り合いから譲られた家具
部屋にある家具は、友人の手づくりや知り合いから譲り受けたものが多いそうです。世の中には、機能的でリーズナブルな家具も多いですが、佐藤さんはあえて古くて使い込まれた家具を選びます。
作業机やアンティークの鏡は、友人がつくってくれたものです。また、緑色の椅子はお店を閉める友人から譲り受けました。大事な人から引き取った家具を、どう生かそうか考えるのが楽しいです
ぼくが絵を売るのは、基本的に知り合いです。それは、僕の描いた絵を顔も知らない誰かではなく、知っている人に持っていて欲しいから。部屋にある家具に関しても同じ考えで、僕にとっては、“相手の顔が分かる”ということが重要です
佐藤さんは手に入れた家具を眺めては、元の持ち主に思いを馳せているそうです。
3. お気に入りは、長い時間を過ごしてきた制作椅子
アートへの愛を詰め込んだこの部屋の中で、とくに愛着を持っているのは、最も長い時間を過ごしてきた制作椅子とのことです。部屋には背もたれの付いた椅子もありますが、制作椅子として使用しているのは、友人が手づくりした長ベンチです。
座り心地でいえば、背もたれ付きの椅子のほうがいいです。でも、友人がつくってくれた椅子に愛着があるので、腰が痛くなっても座り続けます。この椅子に座ったほうが、不思議と作業が進みます
4.日常に潜むアートに気づいて、キャンバスに落とし込みたい
僕にとってアートは、生み出すことであり、生きることにつながっています。絵を描く以外の仕事にも、アートの要素は存在していると思います。また、感覚を研ぎ澄ませば、日常からも芸術性は感じ取れるはずです
佐藤さんは、何気ない日々の暮らしから芸術をすくい取ることに心血を注いでいます。友人との会話や笑い声、人の表情から感じる空気感を、色と形で表現したいと熱く語ります。
アートは誰にでも生み出せるものです。例えば、『朝日がきれいだな……』とか、些細な変化に気づくことが、芸術を生み出す第一歩になるのではないでしょうか
海へ散歩に出かけてリフレッシュ
佐藤さんの実家近くには海があって、幼い頃から海に慣れ親しんだとのこと。大人になってから選んだ住居も、海の近くでした。朝、海の近くまで散歩をしたり、ランニングをしたりして、体と心の状態を整えるのが日課となっています。
作業内容をイメージしながら歩いたり走ったりするのは、僕にとって大事な時間です。いいパフォーマンスができる環境は、自分で見つけていかなければいけません
佐藤さんにとって部屋づくりは、いい作品を生み出す環境づくりの一環です。一度でベストな状態に仕上げるより、変化を重ねることで徐々にいい環境に近づけるという考え方で、部屋づくりと向き合っていました。
■プロフィール
佐藤勇太郎さん
Instagram(YUTARO SATOさん):made_in_taro
Instagram(アートギャラリー):grapht_tokyo
画家、ギャラリー兼カフェのオーナー
神奈川県湘南
一人暮らし